おうちで名大博物館

名古屋大学博物館の収蔵品(9)東南極 セールロンダーネ山地の岩石試料群

(2021/02/26掲載)

2008年12月、外は風速20mを超えるブリザード。猛烈な風雪がテントを叩き、奇妙な曲がり方をしたポールが断末魔の悲鳴をあげていました。「全員、引き続き待機せよ。外には出るな。ロストポジションするぞ。」テント内に籠城して2日目の朝、無線機が隊長からの指示を伝えます。

場所は東南極、セールロンダーネ山地。第50次南極地域観測隊 セールロンダーネ山地地学調査隊(別名、セルロン隊)の6人は、昭和基地から西へ約600 km離れた内陸部で、3ヶ月に及ぶ地質調査を行っていました。周囲には人影どころか、生物さえもほとんどいなません。いるのは、たまに見かける雪鳥と、自らに共生するバクテリアくらいでしょうか。調査のためには、クレバスのだらけの雪原を1日に数10 km、スノーモービルで駆け巡ります。クレバスは雪に薄く覆われており、目視できないことがあります。スノーモービルがクレバスに足を取られるたびに、隊員たちの背中には嫌な汗がにじみました。万一事故が起こっても、誰も助けに来ません。ここは基地から遠く離れた南極の奥地。外部から完全に隔絶された3ヶ月の間、彼らには"自己完結"が求められていました。だから南極に赴く前、懸垂下降・登坂講習、スモーモービルのメカニック講習、医療講習、その他、考えられる限りの講習を受けました。懸垂下降・登坂講習では、消防署の訓練塔をロープ一本でよじ登り、また医療講習ではお互いの腕に注射を打ち合い、豚肉の塊で切開と縫合の練習をしてきました。それでも"どうしようもない"時、隊員たちは一つの決断を迫られます。彼らは南極に渡る前、「仲間を見捨てる」ことができるかについて、何回も議論を行いました。

調査は困難を極めます。しかし、「地球の最果ての地で、誰も見たことのない岩石を相手に、新たな"知"を生み出す」との使命から、隊員らの士気は上がります。3ヶ月の間に、四国の半分弱ほどの調査範囲から1000個を超える岩石試料が採取されました。

2009年1月のある日、隊員の一人が声を弾ませて帰ってきました。「すごいぞ!あの向こうの尾根の石、サファイアがめちゃくちゃ入っているぞ!」サファイアはある特殊条件でのみ形成され、南極では限られた場所でしか見つかっていません。翌日、確認のために現場に赴いた隊員たちは、思わず目を見張りました。そこでは、まばゆいばかりの金属光沢を放つ雲母の集合体に、数mm〜cmのサファイアやスピネル、また見たことのない鉱物たちが無数に散りばめられていたのです。隊員たちは、我を忘れて大量の試料を採取しました。持ち帰られた試料は、帰国後、隊員の志村俊明 新潟大学准教授(当時)によって慎重な検討が行われました。その結果、試料から新種の鉱物が発見され、「マグネシオヘグボマイト-2N4S」と命名されました。南極での新鉱物発見は、日本人として2例目の快挙です。

名古屋大学博物館には、この調査で採取された岩石試料が約150点収蔵されています。その中には、含マグネシオヘグボマイト-2N4S岩も含まれています。

束田和弘 (初出:『文部科学教育通信』ジアース教育新社)


写真1 南極の雪原に立つ、セルロン隊員のテント

写真2 セールロンダーネ山地で採取された、含マグネシオヘグボマイト-2N4S岩

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