おうちで名大博物館

名古屋大学博物館の収蔵品(8)マッコウクジラ全身骨格 ー海からのおくりもの

(2021/02/19掲載)

2009年の春、名古屋港に1頭のマッコウクジラの死体が流れつきました。マッコウクジラはかつて鯨油をとるためにさかんに捕獲されたクジラで、成長すると雄は体長18メートル、雌は12メートルほどまで大きくなります。名古屋港のクジラは若い雄で、体長は約12メートル、体重は20トンでした。死因は不明ですが、胃が空っぽだったことから、エサを食べることができずに死んだのかもしれません。このクジラは数日後に外洋に投棄することが検討されていましたが、名古屋大学博物館はまたとない貴重な「海からの贈り物」を教育や研究に活用するため、引き取って骨格標本を作製することにしました。

そこで、クジラは埠頭に引き上げられ、トレーラーで海辺の埋立地にある東邦ガス工場敷地に運ばれました(写真1)。工場敷地では、国立科学博物館のグループによってクジラ全体の計測・研究サンプルの採集と解体が進められ、名古屋大からも教員・学生が参加しました(写真2)。解体され、皮や肉が取り除かれた後に残った骨は、骨格標本作製のために敷地内の穴に埋設されました。土の中にいる微生物に、骨に付着している肉などを食べてもらうためです。

2年半ほど土に埋めておいた後に掘り出した骨は、水を張ったプールにさらに6ヶ月〜10ヶ月ほどつけてアク抜きをします。その後、10日〜1ヶ月かけてお湯で骨の脂肪分をとりのぞき、過酸化水素水につけて漂白します。骨を乾燥させた後に、パラロイド(薬品)をしみこませて強化し、エポキシ樹脂を使って骨の壊れた部分を修復します。最後に修復した部分が目立たないように骨に似た色を塗り、埋設から約4年の時間を経た2013年の3月、全身骨格標本がようやく完成しました(写真3)。

 大学博物館の標本は「教育や研究に使いやすいこと」が一番大切です。クジラの生活や進化の道すじの解明など、さまざまな研究を行うためには、1点1点の骨の形をあらゆる角度から十分に観察しなければなりません。また、DNA分析などの自然科学的分析も必要ですが、骨格標本を作る時に薬品を使って脱脂・漂白処理をすると、分析に支障が出る場合があります。そこで、このクジラ骨格標本は、それぞれの骨を観察しやすいように、交連こうれん(からだの形に骨をつなげること)はしていません。また、骨を使った自然科学的分析のために、一部の骨は薬品処理せずに保存しています。そして、博物館の常設展示室では、あえて来館者が手の届く床面に近い高さに骨をならべ、誰でも骨をさわったり持ち上げたりして、その質感や重さを感じとれる形で標本を公開しています。

新美倫子(初出:『文部科学教育通信』ジアース教育新社)


写真1 名古屋港から引き上げられたクジラ

写真2 解体されるクジラ

写真3 展示されたクジラ骨格

おうちで博物館 よみもの トップに戻る