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名古屋大学博物館の収蔵品(7)日本の地質の解釈を変えた化石、犬山産アンモナイト

(2021/02/02掲載)

この美しいアンモナイト化石は、愛知県犬山市から産出したものです(写真1)。愛知県からは他にアンモナイト化石は産出しておらず、極めて珍しいものです。それだけに留まらず、このアンモナイト化石は、日本の地質学の発展の中で、とても大きな意味をもつものでもあるのです。

かつて日本の中では、古生代の地層が広い面積を占めると考えられていました。この地層は、「秩父古生層」と呼ばれ、関東山地や美濃の山々、紀伊半島から四国、九州まで広く分布します。この地層には化石が非常に少なく、たまに含まれている石灰岩から産するフズリナなどの化石によって、すべて古生代のものと考えられていました。

犬山もこの「秩父古生層」が典型的に分布する場所です。ところが、そこから見つかったのがこのアンモナイト化石です。これは1951年に地元の小学生によって発見され、その後卒業論文研究で地質調査中の名古屋大学の学生によって確認されたものです。ジュラ紀のアンモナイトの専門家である佐藤正(現筑波大学名誉教授)によって研究され、Choffatia属のアンモナイトであることが分かりました。しかしこのアンモナイトの属は、中生代のジュラ紀に生きていたものです。周りの地層は古生代のものと考えられていたため、大きな矛盾を生むこととなりました。

その後、この「秩父古生層」からは、中生代三畳紀やジュラ紀の時代を示す、サイズの小さな微化石が確認され、この大部分が中生代のものであることが分かってきました。このことは、単に地層の時代が改定された、ということに留まらず、その後、この地層ができた場所や地質の形成メカニズムの解釈をも変えた、日本の地質学において革命的な事件だったのです。つまり、「秩父古生層」と言われた地層や日本の他の地層の多くは、今の日本列島からはるかに離れた場所で形成され、プレートテクトニクスという地球の動きによって運ばれたものであることが分かってきたのです。

このアンモナイト化石が、日本の地質学に革命をもたらす端緒となったと考えると、単に美しいだけの化石でない、深い意味をもつ化石だということが理解されるのではないでしょうか。

大路樹生 (初出:『文部科学教育通信』2018年4月23日号、ジアース教育新社)


写真1 愛知県犬山市から産出したアンモナイト化石

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