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名古屋大学博物館の収蔵品(3)植物分類学上20世紀最大の発見?-ナンジャモンジャゴケ標本

(2020/07/21掲載)

名古屋大学教養部の教授だった髙木典雄氏(1915-2006)は蘚類学者として有名で、名古屋大学博物館には彼が収集した6万点を越すコケの標本があります。その中でも彼の名前を世界に知らしめたのが、ナンジャモンジャゴケの標本です。

髙木氏は、1951年と52年に北アルプスでふしぎな生物を見つけ、標本として持ち帰りました。高さ1センチほどの小さな体をしており、植物だろうとは察しがつきましたが、根のようなものは見当たりません。長さ1ミリほどの葉は棒のようで平たくなく、茎から不規則に生えています。生物の種類を見極めるのに重要となる生殖器は、残念ながら見つかりませんでした。

髙木氏はこの標本を苔類の専門家服部新佐氏に送り、服部氏もこれを様々な分類群の専門家に送って鑑定を頼みました。しかし、藻類、菌類、地衣類、シダ類など、どの専門家からも、これは自分の研究している研究領域のものではないという返事ばかり。困った、これは一体何なのだろう?・・・ということで、髙木氏と服部氏はこれを「ナンジャモンジャゴケ」と呼ぶようになりました。そして採集されてから約5年後、服部氏と井上浩氏がこれを苔類の一種として発表しました。学名はTakakia lepidozipoides。発見者である髙木先生を讃えてつけられた名前です。

分類の決定的なヒントとなる生殖器官が見つかったのは1993年でした。その形やDNAの塩基配列などから、今ではナンジャモンジャゴケは蘚類の一種であることがわかっています。しかし、その性質の独特さのため、蘚類に属すもののナンジャモンジャゴケ亜綱という独立した分類群名がついています。ナンジャモンジャゴケ亜綱には、ナンジャモンジャゴケ科ナンジャモンジャゴケ属しか知られていません(属内には2種が含まれています)。現存する蘚類の中ではもっとも初期に生まれたグループに属しています。蘚類は、コケのなかではシダや種子植物のような維管束植物と呼ばれるグループに近い仲間です。そのため、維管束植物がどのように進化したのかを探るには、ナンジャモンジャゴケの実態を知ることが重要だと思われます。このコケを、「植物分類学上20世紀最大の発見」と評価する研究者もいるほどです。

ナンジャモンジャゴケ属は、はじめ日本の北アルプスで見つかりましたが、その後、北海道の大雪山、東南アジアのキナバル山、ヒマラヤ、アメリカ北西部などで見つかっています。寒い地方では低地にも生えますが、熱帯や暖帯ではふつう高い山の上に生育しています。なお、アメリカ北西部では当時無名の湖の湖畔で見つかったため、その湖が逆に、タカキア湖という名前で呼ばれるようになりました。

髙木氏は、ナンジャモンジャゴケはもちろん、日本各地からニューギニアまで、さまざまな地域のコケを採集した偉大な研究者でもあります。氏のコレクションが多方面からの研究に活用されるように、現在博物館ではデータベース化を進めています。

西田佐知子(名古屋大学博物館)
初出:『文部科学教育通信』(ジアース教育新社)


ナンジャモンジャゴケの顕微鏡写真。髙木氏が撮影したものと思われる。

博物館に収蔵されたコケ標本を見て喜ぶ髙木典雄氏

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