研究紹介|Self Introduction of research

3.分類に使える新しい形質「クチクラ」

「分類の迷子」を家に帰すために・・・「クチクラ」形質の分類学的応用

植物の中には、記載されたときに不十分な情報しかもたず、そのまま決め手になる特徴が見つからないため、どのグループに所属するのか不確かなままのものがあります。とくに、分類の決め手になる花や実のない種は、いつまでも「分類の迷子」として放っておかれてしまうこともあります。この「迷子」の家探しに、葉のクチクラを観察しようというのがこの研究です。
葉のクチクラとは、ここではクチン化した表皮細胞壁を指します。簡単な処理で観察することができ、これで表皮の細胞の並び方、細胞壁の形、気孔の特徴などを調べることができます。
このクチクラの形質は、クスノキ科では属〜亜属くらいのレベルのグループでよくまとまっていることがわかりました(Nishida & Christophel, 1999)。この形質を使って、「迷子」の家を探すことができたのです。

実際の研究例

迷子のシンティー

クスノキ科は、花か実がないと属もわからないという、分類のたいへん難しい分類群です。実際、ある属の主として記載されたものの、花や実が不完全な標本だったため、本当にその属の種かわからないまま放置されているものも沢山あります。そんな種の一つが、マダガスカルに分布するAspidostemon scintillance(‘迷子のシンティー’と呼びましょう)でした。
この種はもともとCryptocarya属(シナクスモドキ属。以下、C属とします)の一種として記載されました。しかし、ほんとうにC属の植物なのか、疑わしいままでした。そのうち、マダガスカルのC属の一部がAspidostemon属(以下、A属とします)に移されたとき、葉の特徴などから‘迷子のシンティー’もA属に移されました。しかし、マダガスカルの植物を研究していたアメリカの研究者(van der Werff博士。私の師匠)が、この迷子はBeilschmiedia属ではないか、と言い出しました(アカハダクスノキ属、B属とします)。さて。A属なのかB属なのかC属なのか。問題は、この迷子は標本がごく少数のみ、しかも壊れた実しかなく、属の決め手になる特徴がまったくわからなかったのです(こんな状態で記載するのもひどい話ですが、昔のことなので仕方ありません)。
そこで私は、この迷子と、マダガスカルのA属、B属、C属それぞれの葉のクチクラを比較しました。すると、表皮細胞のパターンや気孔の特徴から、B属のごく一部の種に分類できることがわかりました。ということで、晴れて‘迷子のシンティー’は、B属の家に帰ることができたのでした。
現在は、この形質がどのくらいの分類階層(種レベル・属レベルなど)の分類に使えるのか、どの程度正しいのかを、分子系統と比較して確かめているところです。クスノキ科のように、分子系統で網羅的に分類を再検討したくても、サンプルがそろわない、同定すらできない、という分類群では、クチクラの形質によるグルーピングが、分類学の基礎情報としてひじょうに役立ちます。最終的には、クスノキ科すべてのクチクラ辞書を作り、葉さえあればどのグループに属すのか同定ができるようなシステムを作りたいと思っています。

関連の論文など

「迷子のシンティー」(Aspidostemon scintillans)

「迷子のシンティー」(Aspidostemon scintillansの、クチクラ化した葉の表皮細胞(左:葉の裏側、右:気孔)
気孔のクチン化した縁が唇のようにぼおっとしています(矢印)。気孔の表面はへこんでいます。

下の3属を見比べれば、シンティーがB属のクチクラにもっとも近いのがはっきりします。

A属(Aspidostemon属)の一種

A属(Aspidostemon属)の一種。
気孔の周りのクチン化した縁が、シンティーよりくっきりしています(左)。気孔の表面は膨らんでいます(右)。

B属(Beilschmiedia属)の一種

B属(Beilschmiedia属)の一種。
クチン化した表皮細胞も気孔も、シンティーそっくりです。

C属(Cryptocarya属)の一種

C属(Cryptocarya属)の一種。
クチン化した気孔は、腎臓型に膨らんでいます。表面もでこぼこで膨らんでいます。