マラウィのカルー(Karoo)系とその堆積環境−ゴンドワナ
大陸と関連して−
アフリカ大陸には古くから,Dwyka 層と名づけられた氷礫岩が知られている。
Dwyka 層は南アフリカ地域一帯のペルム紀・石炭紀のカルー系の中の
一員と考えられている。
1975年,マラウィのカルー系を調査した早稲田大学の(故)坂 幸恭 は,
それがゴンドワナ大陸と氷河に深い関係があると考えた。彼は,
このマラウィのカルー系も,かつて存在したアフリカ大陸
南部一帯に広く分布していた氷河環境と深い関係が
あると論じている(Saka, 1977)。
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図−1:
分裂後のゴンドワナ大陸と氷河の分布。
矢印は,氷河堆積物の下に確認された基盤岩の擦痕から推定された氷河の流向。
Holmes(1951) の Fig. 259.
大陸が分裂し,移動した以前の各大陸は南アフリカ付近に集っていて,その中央部には,大きな氷河が存在していた
らしい。
Dwyka 層については,その初版において,著者の Holmes(1951) が露頭写真まで掲載して,この層の存在意義を
詳しく述べている。
彼の考えは,その再版(Holmes, 1965) にも,野外で観察される証拠の例として,詳説されている。

図−2:
分裂前のゴンドワナ大陸とペルム紀・石炭紀ころの氷河の分布。
Holmes(1951)の Fig.260.
Holmes (1951: 初版は1944) の主張は,世界の海陸の分布から大陸移動説を唱えた Wegener の考えを支持した
ものであった。さらにその原因を大陸の下にあるマントルの動きに求め,現在のプレート・テクトニクスの
基本的なメカニズムを論じた優れた考えであり,国際的にも多くの地球科学者に高く評価されている。
ところで,氷礫岩(glacial till) は,氷河によって形成される堆積物で,氷河が流れた基盤岩の上には,
擦痕(striation)呼ばれている筋状の傷跡がついている。そして,その上には,氷河によって運ばれてきた
大小さまざまの礫が残っていることが多い。これらは氷河が溶け去ったあとに残されたものである。

図−3:
Holmes(1965) の新版(Fig.538) を写したもので,アフリカ大陸内部のカルー系とその
分布を示した。
黒色部はその分布,また,細かな斜線部はカルー系が,より若い地層によって,覆われている部分。
左下の図はアフリカ南部地域の氷礫岩の擦痕から推定した氷河の流れの方向を推定した復元図。
南半球の各地におけるこの氷礫岩の存在とその分布,さらに,それによって復元される氷河の
動きから,Holmes(1951)はゴンドワナ大陸を復元した。1960年代後半から,プレート・テクトニクスの
考えが各地で,また,各分野の研究によって,明らかになって,ゴンドワナ大陸の存在は,いまや定説と
なっている。
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◆氷河堆積物とその特徴◆
わが国には,典型的な氷河堆積物が知られていないため,その研究例も少ない。しかし,北米大陸や北欧地域には,かつて広大な地域に
氷河が発達した時期があった。そのときに,多くの氷河堆積物が形成された。これらの地域の研究例を紹介しながら,氷河堆積物の
性質について,その概要を述べる。
一般に,岩石の名前は,手のひらに乗る大きさ,つまり,いわゆる hand-specimen-size を念頭において呼ばれている。花崗岩や安山岩
など,あるいは石英斑岩などを考えれば理解できる。砕屑岩の場合,同様に,砂岩,泥岩,あるいは,礫岩などと呼ばれているが,それも
暗黙のうちに,岩石試料のサイズを考えて,その名がつけられている。しかし,よく考えてみると,巨礫サイズの礫を含む礫岩には特別の
呼び名が要る。また,礫岩の一部には砂岩が含まれている場合が多い。つまり,いわゆる hand-specimen-size の
試料よりも大きなサイズになると,一般の堆積岩はその不均質性のために,単純な名称で岩石を名づけることができなくなる。ここに
ジレンマが生ずる。つまり,著しい不均質性をもつ岩石に対しては,適当な名称を別に考えなければならない。一方,すべての砕屑性岩石は
その特徴をいわゆる粒度分布曲線によって,表現することができるはずである。粒度分布曲線で表すと,どうなるかという問いに答える
必要も起きてくる。
氷河堆積物(glacial till) は上記の不均質性をもった堆積物の例である。その名称については Menzies et al. (2006) がカナダの
オンタリオ州の氷河堆積物についてまとめた例を参考に紹介する。一方,砕屑性堆積物としての粒度分布については,古典的なすぐれた
Krumbein (1933) のミシガン湖畔の研究を例にして,考える。成因や形成環境がわかっている氷河堆積物は,英語でも till-like とか
tilloid (Pettijohn, 1975) と呼ばれているが,古く,不均質な礫状岩石をまとめて diamictite と名づけたこともあった。均質な
物質についてはその名称も単純で,形状も定義しやすいが,変化に富む物質については,多くの困難がともなう。Menzies et al.(2006) は
新しく,氷河堆積物に対して,glacial “tectomict”という名称を与えた。そして,氷河に関係した諸作用によって,実にさまざまな堆積物が
できることを詳細に記述している。研究者により,また,研究対象により,これまで用いられてきた呼び名はさまざまであった。
それは氷河作用の複雑さにもよるが,露頭における観察が細部にわたって可能であるためでもあった。とくに,最近,tilloid を樹脂で
固めた後,薄片で観察して,その内部構造を検討した結果判明した堆積物の動き(ずり,回転,等など)にまで考察が進み,
議論はさらに複雑になった(Phillips,2006)。
これに対して,すでに古典的になった Krumbein (1933) の研究は,ミシガン湖畔からシカゴ南方に分布する Valparaiso moraine
を対象にして,各地のボーリング試料を詳細に分析した結果をまとめている。試料の収集法から,粒度分析法(ピペット法を使用),
また,
重鉱物分析にはブロモフォルムを使い,その頃の最高の技術を使って,検討し,結果を表にまとめ,また,粒度分布を累積曲線によって,
示している。これらの結果から読み取れるように,この Valparaiso moraine の主たる部分は,泥・シルトからなる。もちろん,砂や
礫も含まれている。明らかに,全体としてはきわめて不均質な堆積物と言えよう。彼はまた,氷河が削った基盤の性質と moraine の
性質との
関連にも触れていて,明確な関係が両者の間に見られる場合も明らかにされている。参考までに,フィンランドの氷河堆積物下の基盤岩の性質と
その上を流れた氷河堆積物の礫質との明瞭な関係が Raesaenen et al. (2009) によって,紹介されている。その種の実例は,そのほか,カナダの
氷河堆積物(Martini and Brookfield,1995)についても,他の北欧地域の氷河堆積物についても報じられている。
ノールウェイの氷河堆積物を対象としたその堆積学的特徴については,3000個に上る氷河堆積物の性質についての
Jorgesen(1976)の総括的研究があるが,その成果を含め,Haldorsen(1981)の総括をここで参照しよう。氷河堆積物は当然,
それが流れた基盤岩類の性質に強く影響を受けるが,しかし,想像されているように,その粒度分布曲線の特徴は,細粒の粘土粒子から
砂粒にいたるまで,幅広い範囲にわたる砕屑粒子からなっている(図_4)。もちろん,基盤岩類に砕屑岩が含まれる場合は,それ自身の
粒度分布にも大きく支配されている。
Jorgesen(1976)のデータをも参考にした氷河堆積物の形成過程における粒径変化については,Haldorsen(1981) は 図_5 にまとめたような過程を考えている。氷河作用の過程では,大きくみて,礫や粒子が砕けて割れる作用(crushing) ならびにそれらが互いに擦れ
あいながら
磨り減る作用 (abrasion) の両作用が大きく働いていて,シルト・サイズの粒子は後者,すなわち,礫が互いに磨り減ることにより
生成されると考えられるという。

図−4:
A=ノールウェイの基盤岩類 Late Precambrian sandstones(10試料) の粒度分布
B=ノールウェイの氷河堆積物(150試料)の粒度分布
Haldorsen(1980), Fig.2.による。
なお,記載によれば,基盤岩を
構成する岩石は,古い砂岩で,
graywacke や arkose質の砂岩
であるという。その粒度分布を
眺めると,ごく普通の砂岩で
あると想像される。

図−5:
氷河作用の過程における Crushing と Abrasion による破砕過程。
Haldorsen(1980), Fig.6.による。
これらと平行して,シルト・サイズの粒子の形成には,物理的な細粒化のほかに,母岩が風化することによってできるとする
考えもまた主張されている(Nahon and Trompette, 1982)。この考えの根底にある思想は,シルト・サイズの粒子は,本来,
地殻を構成する火成岩や変成岩の構成物質である石英粒子のサイズによって決定される,という考えにも根拠をおいている。
つまり,氷河作用によって新しく出来るのではなくて,単に根源岩の構成物質の特徴がそのまま反映しているという(Blatt, 1967; 1970)。
しかし,すべてのシルト・サイズ粒子が氷河作用にはよらないとする考えは,実際に存在するシルト岩のほとんどが氷河堆積物に
密接に関連をもって存在することから,むしろ少数派と考えられる。
以上,疑問としていた『シルト・サイズの粒子の起源』と『氷河作用とその環境』は,野外においても,
氷河堆積積物の粒度分析においても,それぞれ確認された。ゴンドワナ大陸には,ある時期,大規模な大陸氷河が
存在していたと考えられていて,それに伴ってシルトやシルト岩が形成された。選択的にシルト粒子が
集まり,堆積した地域の一つがマラウィの Livingstonia 地域であった,と考えることができよう。
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